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和歌山地方裁判所 昭和32年(ワ)375号 判決 1961年10月20日

原告 和歌山信用金庫

被告 日高化成株式会社 外一名

主文

被告両名は原告に対し、各自金三五、一五三、四二五円及びこれに対する昭和三二年八月三〇日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告両名の連帯負担とする。

この判決は、原告において被告両名に対し、各金七、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「被告両名は、昭和三二年七月一二日、原告を受取人として、金額三七、一九〇、一七五円、支払地振出地とも和歌山市、支払場所原告方、支払期日及び振出日白地なる約束手形一通(以下本件手形という)を、右白地部分の補充権を原告に与えて共同で振出し、原告は正当に振出日を昭和三二年七月一二日、支払期日を同年八月三〇日と補充して、これを支払期日に支払のため支払場所に呈示したところ支払を拒絶され、現に右手形の所持人であるが、その後右手形金のうち合計金二、〇三六、七五〇円の支払を受けただけなので、原告は被告両名に対し、合同して、右手形残金三五、一五三、四二五円及びこれに対する支払期日である昭和三二年八月三〇日から支払済まで手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める。なお被告浅次郎が、原告宛に本件手形が振出された後に更に振出人として署名捺印したとしても、既に有効に振出された手形を受取人が所持している間に第三者が振出人として署名捺印することにより共同振出人となることは可能であるから、被告浅次郎は本件手形につき共同振出人としての責任を免れない。仮に右主張が理由がないとしても、被告浅次郎は振出人以外の者として右手形の表面に単なる署名捺印したことにより手形保証をしたものと看做されるから、手形保証人としての責任を負うべきである。また仮に右各主張が理由がないとしても、被告浅次郎は、右署名捺印により手形外において原告との間で、被告会社の本件手形金債務のために保証契約をしたのであり、したがつて商法第五一一条第二項により原告に対し主たる債務者である被告会社の右手形金債務につき連帯保証人としての責任を負うべきである。」と述べ、被告会社主張の各抗弁事実を否認し、

証拠として、甲第一号証、同第二号証の一、二を提出し、証人野田幸逸の証言(第一、二、三回)を援用した。

被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、「原告主張事実は全部否認する。もつとも被告両名が各別に、原告主張の支払地、支払場所、振出地のみの記載ある本件手形用紙の振出人欄に署名捺印してこれを原告に交付したことはあるが、それは手形として作成交付したのではなく単に被告会社の原告に対する既存債務の総額を確認する目的で交付したものにすぎず、右交付の際は他の手形要件の記載も欠けて居り、したがつて本件手形は不完全手形である。」と述べ、

被告会社は抗弁として、「仮に被告会社が原告主張のように白地手形として本件手形を振出したとしても、被告会社は手形金を支払う意思がないのにそれを知りながら右手形を振出したのであり、且つ右振出当時原告も右振出が被告会社の真意によるものでないことを知つていたのであるから、本件手形の振出は無効である。即ち被告会社は、本件手形を振出した昭和三二年七月頃には既に多額の債務を負担して営業は殆んど休止状態にあり、手形金支払の意思も経済的能力も全くなく原告もこれを熟知していたのであるが、原告の申出により被告会社は原告に対する既存債務の総額を確認するだけの意思に基づき、その旨の原告の了解のもとに、金額も原告の一方的主張により、振出日や支払期日も白地のまま本件手形を振出したのである。また仮に本件手形が白地手形であつたとしても、その手形金の支払期日や支払方法については、昭和三三年四月頃経済界が好転した際あらためて原告と被告会社と協議のうえ定める旨の約定があつたのであり、たとえそうでなかつたとしても、原告と被告会社との間には右手形金の支払につき出世払の約定があつたのであるから、右約定に反してなされた本件手形の白地の補充は無効であり、右手形金の支払期日は未到来である。」と述べ、

証拠として、被告両名につき、証人高井利三、同大高康伸(第一回)の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果を援用し、甲第一号証のうち金額、支払期日、振出日の部分の成立を否認し、その余の部分の成立を認め、同第二号証の一、二の各成立を認め、被告会社につき、証人大高康伸(第二回)、同坂寿夫の各証言を援用した。

理由

一、原告の被告会社に対する請求について

被告会社が、原告主張の支払地、支払場所、振出地の記載ある本件手形用紙に署名捺印してこれを原告に交付したことは当事者間に争がない。そして金額、支払期日、振出日を除く部分につき成立に争のない甲第一号証、証人高井利三、同大高康伸(第一、二回)の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果によれば、被告会社は、以前から屡々原告より融資を受け、昭和三二年七月初頃には原告に対し既に弁済期の到来した多額の債務を負担していたものの営業も不振で経済的な支払能力も乏しかつたため右債務の弁済に関する原告との再三の話合も未解決の状態であつたが、当時原告金庫の常務理事であつた訴外高井利三からの申出により、被告会社はその原告に対する既存債務の総額を確認するとともに従来の度々の貸借により細分され、既に弁済期の到来していた右既存債務を一括してその総額を手形金額とする手形を作成してこれを原告に交付することになつたこと、右債務の総額については原告と被告会社との間に若干の喰違があつたもののそれは後日別途に解決することとして昭和三二年七月初頃被告会社代表者由良泰夫は、原告に対し本件手形金額相当の債務総額を確認するとともに、かねて原告より被告会社に持参していた原告主張の支払地、支払場所、振出地が不動文字で印刷され且つ原告主張の受取人の記載ある本件手形用紙の金額欄に、自ら原告主張の金額を記入し且つその振出人欄に被告会社の署名捺印をしたうえ、右高井との合意により振出日と支払期日は白地のまま訴外大高康伸を使者として原告方においてこれを右高井に交付したこと、その後程なく原告金庫の職員が右手形用紙の振出日欄に昭和三二年七月一二日支払期日欄に同年八月三〇日とそれぞれ白地を補充してこれをその支払期日に支払のため支払場所に呈示したところ支払を拒絶され、現に原告が右手形用紙の所持人であること、が認められ、前掲証人大高康伸の証言(第二回)中右認定に反する部分は信用し難い。そして以上の認定事実よりすれば、被告会社の代表者は、手形文句、支払約束文句並びに支払地、支払場所、振出地が不動文字で印刷され受取人の記載ある手形用紙に、それを認識して自らの意思に基いて金額を記入し且つその振出人欄に被告会社の署名捺印をしてこれを原告に交付したものであるから、他になんら特段の事情も認められない以上、右手形用紙は単に手形外において被告会社の原告に対する既存債務を確認する目的だけの書面として原告に交付されたものではなく、被告会社が手形の作成交付という手形振出行為をする意思のもとに右手形用紙に手形振出人として署名捺印して原告にこれを交付したものであり、結局被告会社から原告宛に手形として振出されたものと認めるのが相当である。したがつてまた、右手形用紙の振出日欄及び支払期日欄についても、右手形振出当時は各不動文字で印刷された部分以外は単なる白地のままであつたものであるから、他になんら特段の事情も認められない以上、右手形振出人たる被告会社としては、後日受取人である原告にこれを補充させて手形を完成させる意思で白地のまま振出したものと認めるのが相当であり、結局本件手形は要件の欠けた不完全な手形としてではなく、振出日及び支払期日につき白地補充権を原告に与えて白地手形として被告会社から原告宛に振出されたものと認定され、被告会社代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証人高井利三の証言に照して信用し難く、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

次に被告会社は、本件手形の振出は手形債務負担の意思に基くものではなく原告もこれを知つてしたから無効である旨主張するので検討するに、被告会社が本件手形振出当時既に多額の債務を負担し、営業も不振で経済的な支払能力も乏しかつたこと、並びに本件手形は、被告会社がその原告に対する既存債務の総額を確認して右総額を手形金額とし、且つ原告と合意のうえ振出日と支払期日とを白地のまま振出したものであることは前認定のとおりであるが、被告会社代表者本人尋問の結果中、被告会社の前記主張に添う供述部分は掲証人高井利三の証言に照して信用し難いから、右の事実のみではいまだ被告会社の右主張を認めるに十分でなく、他にこれを認めるにたるなんらの証拠もない。かえつて前認定の事実によれば、本件手形の振出当時被告会社と原告との間では右既存債務の弁済に関する再三の話合も未解決の状態にあつたこと、並びに本件手形は、被告会社が原告に対する全く新たな原因関係に基づいて振出したものではなく、既に以前に成立して弁済期も到来していた原告に対する既存債務につき、従来の度々の貸借により細分されていたのを一括してその総額を手形金額として振出したものにすぎないことが明かであるから、被告会社としても、単に既存債務の総額を確認するだけの意思にとどまらず、手形上の債務を負担する意思のもとに本件手形を振出したものと認めるのが相当であり、したがつて被告会社の右主張は理由がない。更に被告会社は、本件手形の白地補充の時期及び方法につき原告との間に被告会社主張の各約定があつた旨主張するので検討するに、被告会社が本件手形振出当時既に多額の債務を負担し、営業も不振で経済的な支払能力も乏しかつたこと、並びに本件手形は原告との合意のうえ振出日と支払期日とを白地のまま振出されたものであることは前認定のとおりであるが、右の事実のみではいまだ被告会社の右主張を裏付けるに不十分であり、他にこれを認めるにたるなんらの証拠もないうえ、かえつて前掲証人高井利三の証言によれば、原告と被告会社との間には、本件手形金の支払期日や方法については、なんらの約定もなかつたことが認められるから、被告会社の右主張も採用できない。ところで白地手形の白地補充の時期及び方法については、手形授受の当事者間に明示的な約定がなされなかつた場合でも手形振出人の通常有すべき意思にしたがい、その当事者間の原因関係たる取引状態を顧慮して補充すべきものと解するのが相当であるが、本件手形は被告会社の原告に対する弁済期の到来した既存債務の総額を手形金額として振出されたものであり、且つ右振出当時支払期日欄が白地であつたことは前認定のとおりであるから、他になんら特段の事情も認められない以上、手形所持人たる原告としては、右補充権が消滅するまでの間いつでも補充権を行使して右白地を補充し、手形を完成して手形上の権利を行使できるものと解するのが相当であり、したがつて前認定のとおり、原告が右手形を受取つて後程ない昭和三二年七、八月頃に原告金庫の職員を通じて振出日を同年七月一二日、支払期日を同年八月三〇日とそれぞれ白地を補充して本件手形を完成したうえ、支払期日に支払のためこれを呈示したのは正当であり、被告会社は右各補充された手形の文言にしたがつて振出人としての責任を負うべきものといわなければならない。

二、被告浅次郎に対する請求について

被告浅次郎が原告主張の支払地、支払場所、振出地の記載ある本件手形用紙の振出人欄に署名捺印してこれを原告に交付したことは、当事者間に争がない。そして前掲甲第一号証、前掲証人大高康伸(第一回)、同野田幸逸(第三回)の各証言によれば、被告浅次郎の署名捺印は、本件手形の表面の振出日欄と受取人欄との間に、振出人たる被告会社の署名捺印と併存してなされ、右両署名捺印の間には主従の差がないこと、並びに、被告浅次郎は被告会社の前代表者であつたが、前認定のとおり被告会社が振出した本件手形が支払期日に支払拒絶となつたため、その後昭和三二年九月頃に当時原告金庫の常務理事であつた前記訴外高井利三等が被告浅次郎方へ赴いて同被告と交渉した結果、被告会社のために本件手形金債務につき個人として責任を負担する趣旨で右手形の振出人欄に署名捺印したものであることが認められ、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。そして一般には、手形の表面の振出日欄と受取人欄との間に振出人の署名捺印と他の署名捺印とが併存してなされ、右両署名捺印の間に主従の差がない場合には、右両者はともに振出人の署名捺印と解され、また既に一人の振出人により有効に振出された手形を受取人が所持している間に第三者が更に振出人として署名捺印することにより共同振出人となることも可能であると解されるけれども、本件においては、被告浅次郎が署名捺印したのは、本件手形の支払期日における支払拒絶の後であつたことが前認定の事実により明らかであるから、被告浅次郎はもはや共同振出人として、署名捺印したものであるとは認め難い。そうすると被告浅次郎は振出人以外の者として本件手形の表面に単なる署名捺印をしたものと認められるから、手形法第七七条第三項第三一条第三項本文により手形保証をしたものと看做され、また主たる債務者の表示がないから同法第七七条第三項第三一条第四項により振出人たる被告会社のために保証したものと看做される。ところで手形保証をなし得る時期については手形法上なんらの規定もないが、支払期日後においても第三者が手形保証をすることは実益もあり格別これを否定すべき理由もないから、支払期日後の手形保証も有効と解すべきである。したがつて被告浅次郎は本件手形上の署名捺印により、右手形振出人たる被告会社のためその原告に対する本件手形金債務につき手形保証をしたものと認められ、且つ被告会社の右の債務が有効に成立したことは前認定のとおりであるから、被告浅次郎は主たる債務者たる被告会社の右債務と同一の責任を負うものといわなければならない。

以上の理由により、被告会社は本件手形振出人として、被告浅次郎は右手形保証人として、いずれも本件手形所持人たる原告に対し合同して原告主張の本件手形残金三五、一五三、四二五円、及びこれに対する支払期日である昭和三二年八月三〇日から支払済まで手形法所定の年六分の割合による利息金を支払う義務を負担していることは明かである。よつて原告の請求はすべて正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎林 倉増三雄 富永辰夫)

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